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牛とバラモンのお話し 第33回 写経の会の法話

こんにちは、今年も早くも6月となってしまいました。
これから暑い夏がやってきますが、くれぐれも身体に気をつけてください。

こちらは慈悲の心と人の縁を、千葉市から伝え広めるお寺 日蓮宗 本円寺のブログです。
今回は第33回 写経の会にてお話しした【牛とバラモンのお話し】についてお書きします。

牛 と バ ラ モ ン の お 話 し

― やさしい言霊(ことだま) ―

その昔、菩薩は牛として生まれ変わり、ガンダーラ王国の、とある貧しいバラモンの家で、
ナンディという名前をつけられて息子のように大切に育てられました。
大きくたくましく成長したナンディは、大変世話になったこのバラモンに、恩返しをしようと思いました。
自分の体力を使って収入でも入るようにしてあげれば、バラモンの人生が豊かになるだろうと思ったのです。

ある日、彼に言いました。
「お父さん、今度街に出たら、牛持ちの長のところへ出掛けて『私の牛は百台の車を動かせます』と言って千金を賭けてください。
私は若くて力持ちだから、百台の車を牽いて、お父さんに大金が入るようにしてあげます」
バラモンは息子のつもりで育てたナンディの言葉を、あまりにも可愛くて無視することができませんでした。

早速バラモンは牛持ちの長のところへ行って、自分の牛の自慢話を始めました。
長も負けずに、自分の牛たちの力強さを自慢しました。そこでバラモンは言いました。
「うちの子は百台の車を繋げてもいけますよ。千金でも賭けられます」
プライドが傷ついた長は、「そんな馬鹿な。じゃあ、千金を賭けようじゃないか。できるなら、牽かせてみろ」と言いました。

貧しいバラモンにとって千金は全財産です。しかし後には引けません。
百台の車に砂利や石をいっぱいに積んで綱で連結して、用意ができました。
いつもお父さんにきれいに身支度させてもらっているナンディも、誇らしげに出番を待っていました。
そしてナンディを先頭の車の先端に、ただ一頭だけ繋ぎました。

興奮したバラモンは車の先端に坐り、突き棒を振り上げて、「行け、根性なしめ。牽け、根性なしめ。」と叫びました。
(仕事をしたがらない普通の牛を働かすために、牛に対してひどい言葉で叱るのはこの時代ではよくある事です。
バラモンはうっかりして、我が子同然のナンディに乱暴な言葉を浴びせてしまいました。ナンディにとっては、あまりにもショックな出来事でした。)
ナンディは聞いた事の無いバラモンの汚い言葉で罵られた事で、四本の足が柱のように硬直してしまって、動かせずに立ち止まってしまいました。
この瞬間にバラモンの負けが決まり、彼は千金を取られてしまいました。

賭けに負けて家に帰ったバラモンがショックのあまりに寝込んでいるので、ナンディは彼に近づき、
「お父さん、私があなたに言われた躾を、ひとつでも破ったことがありますか。あなたに気に入らないことを、ひとつでもやったことがありますか。」
「いいや、そんなことはなかったよ」
「では、どうして私を『根性なし』という侮辱する言葉で呼びつけるのですか。
生まれて初めてお父さんから侮辱された私は、ショックで硬直してしまいました。賭けに負けたのは蔑みの言葉のせいです。
でも、次は大丈夫です。今度は、二千金の賭けをしてください。彼もすぐ乗ってくるでしょう。ただ、怖い言葉だけはやめてくださいね。」

バラモンはナンディの言葉を信じ、牛持ちの長のところへ再び出向き、今度は倍額の二千金で賭けをすることにしました。
牛持ちの長は再び返り討ちにしてやろうと、快く賭けを受けました。
すぐに車の準備は整いました。
バラモンは車の先端を、しっかりとナンディの頸に固定し、車の先端に坐って、ナンディの背中をやさしくさすりながら、
「ナンディ、がんばれ、いつものとおりでいいんだよ、負けるな。」と、励ましました。

その言葉で力づけられたナンディは、一列に連結されている百台の車を全く一気に引いて、最後尾の車を先頭の車があったところまで軽々と持ってきて止めました。
牛持ちの長は賭けに負け、残念そうにバラモンに二千金を手渡しました。
見物していた他の人々も、ナンディとバラモンの関係に感嘆して、沢山の贈り物をしました。

私達の身の回りには、正しいからといって、強い言葉で相手を屈服させようとする人がいます。
強い言葉、汚い言葉でたとえ相手が動いたとしても、その時だけです。

相手の心に響く言葉、それは相手の気持ちを理解した言葉です。
『言霊(ことだま)』という言葉があります。言葉は力を持つものです。
その言霊は、顔の表情さえも変えてしまいます。

強すぎる言葉の時は怖い顔。
優しい言葉の時は優しい顔。

私達が普段口から出している言葉はどんな言葉でしょう。
相手を優しく力づける、そういう言葉を使いたいものです。

平成二十八年五月 写経の会(第三十三回目) 法 話
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