王 子 を め ぐ る お 話 し
― 平等に見る ―
その昔バーラーナシーでマハーパターパという王が国を統治していたとき、菩薩は王の第一の妃であるチャンダー王妃の胎に宿り生まれて来ました。
菩薩はダンマパーラという名がつけられ、生まれて七ヶ月になって部屋で母と遊んでいるときに父王がその部屋にやって来ました。
ところが妃は母親としての愛情が強く、遊ばせている子供の方に気を取られており、王を見ても立ち上がって挨拶をしませんでした。
王は機嫌を損ねて、「妃は今ですら傲慢になって、わたしのことをないがしろにしている。
このうえ子供が大きくなったら、わたしを人間とすら認めなくなるだろう。
いまのうちに子供を殺してしまおう」と考えながら自分の部屋に戻りました。
王は玉座につくと、処刑人に、処刑の支度を整えて来るように命じました。
処刑のための衣装をつけ、道具を持ってやって来た処刑人に、王は「妃の寝室に行ってダンマパーラを連れてまいれ」と言いました。
処刑人はすぐさま王妃の部屋にいき、遊んでいた王妃を突き飛ばしてダンマパーラを強引に王の前に連れてきました。
処刑人が、「王様、どのようにいたしましょうか?」とたずねると、王は「ダンマパーラの手を切れ!」と命令しました。
王妃は「大王さま、この子はまだ七ヶ月の嬰児で何も知りませんし何の罪もありません。
罪があるのは私のほうですから、私の手をお切らせください」と懇願しました。
しかし王は、「ただちに手を切れ!」命令したので、処刑人はすぐさま鋭い斧を取って、王子の幼い筍のような両手を切りました。
王子は両手を切られながらも、泣くこともわめくこともせず、忍耐と慈悲を心に満たして耐えました。
一方王妃は、切り落とされた手の端をつかんで腰布にくるみ、血に染まりながら泣いていました。
ふたたび王が、「両足も切ってしまえ!」と言ったのを聞いて王妃は自分の足を切るように懇願しましたが甲斐もなく、王子は両足も切られてしまいました。
王妃は、切り落とされた足の端をつかんで腰布にくるみ、血に染まりながら泣いて「もうこの子は大きくなっても何も出来ません。
どうぞその子をお渡しください」と頼みましたが、処刑人と王は意に介さずに続けました。
その懇願にさらに腹を立て、王は叫びました「こいつの首を切れ!」
王妃は、「王様に無礼をはたらいた罪は私だけにありますから、王子をお赦しください。
王様、私の首をお切らせください」と言って、自分の首を差し出しました。
そのとき王子は心の中で自分自身に言い聞かせました
「今は自分の心をよく抑制する時です。
今自分は、我が子の首を切れと命じる父王と、処刑人と、泣き悲しんでいる母と、王子自身との、この四者に対して平等で冷静な心を持つのです」と。
そしてついに処刑人は王子の首を切りました。
王妃は、菩薩である王子の肉を腰布にくるみ、床に泣き伏して、嘆き悲しみました。
「この王に、『我が子を虐待するなかれ、それは理性ある人間の道ではない』というくらいの忠告をできる友人も、大臣も、有識者も、ひとりもこの国にいないのですか」と叫び、両手で王子の遺骸を抱きながら泣き崩れました。
「私は世界を救う役目を持つ愛しい子を今まで大事に育ててきました。
今、ダンマパーラ王子には両手も両足もない、首もない。
これから私は、どうやって子育てをするのでしょうか。
王よ、我が命もこれで果てます」
余りの悲しみの激しさに、王妃の心臓は燃える竹林の竹のように破裂して、そこで命が尽きてしまいました。
王妃の死に正気に戻った王は、自分の犯した罪の残酷さの余りに、椅子に座っていることもできず、転げ落ちて床に倒れてしまいました。
すると、倒れたところで床板が二つに割れてしまい、そこから王は地面に落ちました。
さらに大地が割れ、無間地獄から炎が現れて、まるで赤い毛織物が包み込むようにして王を捕らえ、無間地獄に投げ込みました。
大臣たちは、王妃とダンマパーラを手厚く葬りました。
私たちは常日頃色んな人に囲まれている状態です。
良い人もいれば悪い人もたくさんいます。
その中で平穏な心を保つことはどれだけ難しいことでしょう。
この物語の中の、自分を殺そうとした敵にも、命を懸けて守ってくれようとする味方にも、
言われればどんな悪をもなす愚か者に対しても、怒りと愛情の感情を起こさず、
平等な気持ちで冷静にいられることはとてもむずかしいものではありますが、この菩薩の境地に少しでも近づけるよう、努力することが大切なのです。
平成三十年八月 写経の会(第六十回目) 法 話