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第24回 写経の会の法話

こんにちは、こちらは慈悲の心と人の縁を、千葉市から伝え広めるお寺 日蓮宗 本円寺のブログです。
今回は第24回 写経の会にてお配りした教箋と、お話しした内容についてお書きします。

ラ イ オ ン と 山 犬

― 信じる心の強さ ―

むかしむかし、山の洞窟にライオンが住んでいました。
ある日、食べ物を探しながらふもとをさまよっていると、美しい湖のほとりに出ました。
ライオンはしばらく眺めていましたが、湖の中にある小さな島に丸々と太ったシカが、柔らかな草を食べているのが目につきました。
「おいしそうなシカだな。よし、ごちそうになるとするか。」
ライオンは島までの距離を目で測り、思い切り地をけって跳ね上がりました。
ところがこの島は、泥でできた島だったので、ライオンは着地と同時に地面にもぐりこんでしまいました。
慌てて泥の中から抜け出そうともがけばもがくほど、ずるずると体が沈んでいき、ますます泥がライオンの体を四方から締めつけました。
助けを呼ぼうにも、ライオンは百獣の王であることを自覚しているため、女々しい泣き声を立てるわけにはいきません。
ライオンは七日間なにも食べず、泥の中から首を出したままじっと空を見つめていました。

七日目の昼のことです。そこへ、ひょっこりと山犬が通りかかりました。
山犬は身震いしました。泥の中から首だけのライオンがぎょろりと目を光らせてこちらを見ているのです。
ライオンはもう息も絶え絶えでしたが、今にも飛びつかれそうに感じて、山犬は一瞬逃げようとしました。
ライオンは低い声でこう言いました。
「山犬よ、恐れることはない。これこのとおり、わしは泥に身体を取られて動けないでいる。わしを助けてくれないか。」
山犬は、これでは怖くはない、急いで逃げるには及ばないと思いました。
「おれはお前さんを助けたいと思う。けれど、やめる。助けるってことは、裏切りの種をまくことだ。」
「裏切りだと」
「そうなんだ。おれは助けたいという情けを心の中にいつもあふれさせている。けれどこれまで、助けたやつに裏切られてばかりいたんだ。
あいつを助けてやらなければこんな悲しい目には遭わなかっただろうと、何回も後悔させられているんだ。
今だってせっかく助けて食べられるのではかなわないからな。助けることはやめるよ。」
「百獣の王のわしの言葉まで、信用できぬというのか。」
ライオンのうらめしそうな顔を見ると、情け深い山犬の心は動揺した。
「今までは、助けた後には必ずといっていいくらい、そいつに裏切られた。その悔しさったらない。
しかし、誰かを助けるすがすがしい気持ちと、後で裏切られる口惜しさ、どちらが重いか・・・。そうだ。
おれには誰かを助けるすがすがしい気持ちのほうが大切だ。」
山犬はそう言うと、ライオンのそばに近づき、周りに深いみぞを掘り、そのみぞの中に水を注ぎ込みました。
すると、ライオンの体を締めつけていた泥が崩れ始めました。
そしてライオンの腹の下に入り込み、ライオンを肩で担ぎ上げ、やっとの思いで岩場まで運ぶことができました。
「ありがとう。約束は必ず守るよ。」ライオンは頭を下げました。
「百獣の王がどろまみれじゃ、威厳が損なわれますよ。さあ、体を洗いましょう。」
「うん、そうだな。全身泥だらけでカチカチだ。」

ライオンは湖の中に入って体を洗いました。七日間飲まず食わずで体は弱りきっていましたが、
泥を洗い落とすと、りんとした勇ましい姿によみがえりました。目の光も鋭さを増しました。
山犬は見とれていましたが、はっとして身構えました。ライオンが今にも飛びかかってくるのではと警戒したのです。
「おい、お前はわしの命の恩人だ。勘違いしないでくれ。」
ライオンは腹ぺこでしたが、命の恩人の山犬を食べようなどと少しも考えてはいませんでした。ところが山犬のほうは身構えたままです。
「わしは百獣の王だ。裏切るなんて卑劣なことはやらぬ。」
山犬は身構えながらも小さくうなずきました。
その時、湖のほとりにのんびりと水牛がやって来ました。湖で水浴をしようと、のそのそやって来たのです。
それを見た瞬間、ライオンは目にも止まらぬ速さでその水牛を捕まえました。
まさに百獣の王の鮮やかさでした。
大きな身体の水牛は、あっという間にその場に倒れ、絶命しました。
ライオンはそのするどい眼光で山犬に言いました。
「水牛は、盛り上がった肩の肉がいちばんおいしいのだ。さあ。」
山犬はびっくりして、凍りついたように、ただじっと見つめたままでした。
「いや・・・、あなたから、どうぞ・・・。」
「君はわしの命の恩人だから、まず、おいしい所を食べてもらわなくて気がすまぬのだ」
「・・・じゃあ・・・、お先にいただきます・・・」
山犬は水牛の肩の肉に飛びつきました。山犬も朝からなにも食べていまなかったのです。
なにはともあれライオンの命を救ったのだから、すがすがしい心は満足で、何倍も美味しく感じました。

山犬は腹いっぱい食べました。もちろんライオンも、がつがつと食べました。水牛は大きいので、
お腹のすいた山犬とライオンが、腹がはちきれるほど食べても食べきれませんでした。
山犬は言いました。
「あなたの奥さんは、お腹をすかしてあなたの帰りを持っておられるでしょう。お土産を。」
ライオンもにっこりと笑って言いました。
「君の奥さんにも、お土産を。」
ライオンと山犬は、仲むつまじく兄弟のように笑い合いました。ライオンはちょっと考えてから山犬に言いました。
「わしはあの山の洞窟に住んでいるのだが、近くに同じくらいの大きさの洞窟がある。君たち夫婦はそこに住まないか。
わしらは、これから隣同士になろう。わしといっしょにいれば、君たちはこれから飢えることはないぞ。」
「とてもうれしいお言葉です。」
山犬は、もう少しもライオンのことを疑ってはいませんでした。

山犬夫婦はライオンの言葉のとおり、隣の洞窟に移り住みました。
ライオンの洞窟は山の中腹にありました。洞窟の下には広大なジャングルが広がり、あちこちに湖が光っていました。
青い空にはハゲワシが舞い、とてもすばらしい眺めでした。明け方には金色の太陽を見ることもできました。
「まるで生まれ変わったみたいだ。」
山犬は今までこんな明るい顔をしたことはありませんでした。山犬はライオンの心を疑わなかったし、ライオンは山犬の恩を忘れませんでした。
何よりも、裏切られなかったことが、ほんとうに嬉しかったのです。平和とはこのようなものであろうか。
山犬は毎日の暮らしが楽しく、妻とともに幸せを全身で感じていました。

しかし、澄んだ青空でも時にはすみっこに黒い雨雲が浮かぶことがあります。幸せな彼らの生活のすみに、黒い雨雲が浮かんでいたのでした。
実は、ライオンの妻が、山犬と隣同士になるのをきらっていたのです。妻のその心はライオンと山犬との平和な暮らしにとっては黒い雨雲でした。
妻は気位が特に高かったのです。
──百獣の王たる者が下品な山犬と隣組になるなんて、汚らわしい・・・
妻はそう思って、いつも不愉快でした。

ある日、いつものように山犬と仲良く獲物を探しにいき、美味しいシカを捕まえて楽しそうに帰ってきたライオンに、妻はこう言いました。
「わたし、食べたくありません。捨ててください。」
夫のライオンは、びっくりしました。
「どうしたのだ。」
「そのシカは、山犬が見つけたのでしょう。」
「そうだ、やつは足が速い。やつは、獲物を見つけるや否や飛び出してわしの方へ追い込んでくれる。山犬がいなかったら取り逃がしたかもしれん。」
「じゃあそのシカは山犬のものでしょう。山犬に全部あげなさい。」
「このシカは山犬が見つけたのを、わしが捕まえた。だから平等に分け合えばいいのだ。」
「わたしたちは気高い百獣の王です。汚らわしい山犬なんかと平等だなんて言わないでください。虫唾がはしります。」
「・・・お前は山犬といっしょに暮らすのがいやなのかね。」
「もちろんです。山犬は下品な動物です。そんな卑しい者とわたしたちが隣同士になるなんて、真っ平ごめんです。」
「でも、あの山犬は、わしを信じ、わしの命を助けてくれたのだぞ。」
「分かっています。だからこそ黙っていたのですが、今までにずいぶん、あなたが捕まえたごちそうを食べさせてやりました。
そのごちそうで恩返しがすんだわけでしょう。もうそろそろ、さよならをしてください。」
ライオンは、ふむと深いため息をつき、妻に言いました。
「なるほど・・・。確かにわしらは気高い百獣の王だ。そして山犬は卑しい動物かもしれない。それは知っている。
けれども、尊いのは心だ。あいつは、百獣の王であるわしらに劣らぬ、すばらしい心を持っているのだ。」
「口先がうまいだけでしょう。心の悪い者ほど口がうまい。心にもない巧みなことを言い、顔色もうまくそれに合わせます。
あなたは、ごまかされているのです。」
「それは違う。わしが泥の中にのめり込み、ただ死を待っているだけの時にあいつは真剣な顔でこう言った。
『わたしは今まで、助けた後に必ずといっていいくらいに、助けた相手に裏切られたんだ』と。」
それを聞くと、妻は声を荒らげて言いました。
「そうでしょう、山犬という動物はそういう卑しいやつらです。助けられた恩をあだで返すやつらだと聞いています。」
「うん、わしも森の動物たちからそう聞いているのだが、あいつはちょっと違ったのだ。あいつは次にこう言ったのだ。
『人を助けるすがすがしい気持ちと、裏切られての口惜しさ、どちらが重いか』と。」
「それは裏切られてもいいから助けてあげたいという意味ですか。」
「うん、そうだ。あいつはそういうやつなのだ。」
ライオンの妻は、あまりの驚きに、大きく目を見開きました。
「わしとあいつは、今まで知り合いじゃなかった。だからわしがどんなに苦しんでいようと、見ないふりをして去っていけばいいのだ。
もしかすると、助けた後で食い殺されるかもしれない。しかしあいつは知らない誰かを助けることの尊さを知っていて、
それを実行することも出来るのだ。すばらしいではないか。」
妻は、こっくりとうなずきました。
「あいつは、すばらしい心を持っている。百獣の王の俺たちの心と変わらない。心が変わらないなら、いっしょに暮らす資格があるというものだ。」
ライオンの言葉を聞いているうちに、妻の心の中の黒い雲は少しずつ薄れていきました。そしてライオンは更に言葉を続けました。
「実はわしは、助けられたという恩を感ずるよりも、あいつの心にほれ込んだのだ。」
妻は小さく吐息をつきました。
ライオンは一息ついでから、言葉を続けました。
「わしは山犬に助けられた時に、その気高い百獣の王に劣らぬ精神にほれ込んで断じて裏切らないと固く約束したが、
息子や孫に、それを忘れるのではないぞと遺言するつもりだ。お前も協力してくれ。」
「分かりました。私も万が一のときには同じ遺言を残そうと思います。」
心のわだかまりが全てとけ、妻は夫のライオンに頭を下げました。

このライオン夫婦のやりとりは山犬の耳に届くことはありませんでしたが、山犬とライオンの夫婦は、いよいよ仲むつまじくなりました。
そして、お互いに子供ができ、ライオン夫婦、山犬夫婦がそれぞれこの世を去ってからも、子や孫たちのむつまじい仲は変わりませんでした。
それは森中の評判になりました。この家族同士の仲良しぶりは、七代も続いて変わらなかったといいます。

この世の中には肌の色、眼の色、話す言葉、生まれた場所、家柄等々・・・、それだけで人を判断してしまうことがあります。
それが争いのもとや、だまし合いのもとになることも多々あります。
お互いの心を尊重し合い、心と心で話すことが出来るのならば、今現在ある世界中の苦しや悲しみが、少しでも無くなることでしょう。

平成二十七年八月 写経の会(第二十四回目) 法 話

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