お知らせ

第14回 写経の会の法話

こんにちは、こちらは慈悲の心と人の縁を、千葉市から伝え広めるお寺 日蓮宗 本円寺のブログです。
今回は第14回 写経の会にてお配りした教箋と、お話しした内容についてお書きします。

諸法実相(しょほうじっそう)― 真実の存在

諸法実相の「諸法」とはこの世に存在する全てのものの事、「実相」とはそのものに内在している真実、真理を意味しております。
その二つは相対する事は無いと説かれております。存在があるからその中に真実の相があり、真実の相があるから存在に表れるということです。
現実の世界と真実の世界は同じものであり、相対するものではなく、この現実の世界と仏の世界は同じ所にあるという意味です。
目に見える部分はとてもわかりやすいですが、見えない部分はなかなかわかりません。妙法蓮華経方便品第二でその説明をしております。

十 如 是(じゅうにょぜ)

妙法蓮華経方便品第二の最後に説かれている部分です。
如是相、如是性、如是体、如是力、如是作、如是因、如是縁、如是果、如是報、如是本末究竟等 とあります。
これが、ものごとの真実の姿であり、真理であるのです。

相(そう) この世にある万物の姿のこと。
物質や私達の身体、人相、声などを指します。

性(しょう)形として捉えられない内面の性質のこと。
      私達の心、智恵などを指します。

体(たい) 相と性を兼ね備えた当体(とうたい)のこと。
      生命は肉体と精神とから成り立っており、それ自体を指します

力(りき) 相・性・体に内在している力のこと。

作(さ)  力が実際に発動し、作用していくこと。

因(いん) 内在している原因のこと。

縁(えん) 外からの縁のこと。それを自己の縁とするか、しないかは
自己の主体にゆだねられています。

果(か)  因と縁とが和合しての結果のこと。
それは瞬時のうちに定まることになります。

報(ほう) 定まっていた果が、具体的に外に現れることです。

本末究竟等(ほんまつくきょうとう)相から報までが一貫して等しく、
一個の生命の姿であることです。
仏の命も人の命も等しく、それを悟れば仏になれるのです。

またこの十如是は三通りの読み方があります。
たとえば相の場合
是の如きの相 現にいまみている是のごとき相などです。

是の相如   相も性もみな如(平等の理)に外ならないという意味です。

相は是に如(かな)う 一切はみな是にして非なるものなしとの意味です。
 
私達は普段全ての物事をありのままに見てはいません。見ているつもりでも、それぞれの立場によって片寄った見方をしてしまいます。
この十如是、諸法実相によって始めて私達の世界や浄土等、目に見える世界、目に見えない世界も全て同じ性質を持っていることが理解されるのです。
日蓮大聖人は諸法実相抄において「・・諸法実相乃至本末究竟等云々、この経文の意如何、答えて云く下地獄界より、
上仏界まで十界の依正の当体悉く一法も残さず妙法蓮華経のすがたなりと云う経文なり・・・」と述べられております。

何かを区別する事無く、他人や自分を貶めること無く生きていけることが出来ればすばらしいことでしょうね。

平成二十六年十月 写経の会(第十四回目) 法 話

b6b3373669547a08d6b100664d61a26f_s