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苦 行 者 と イ ノ シ シ の お 話 し

苦 行 者と イ ノ シ シ の お 話 し

― 全てのものへの尊重 ―

昔、ヒマラヤの山中で一人の苦行者が修行していました。
その苦行者の住んでいるすぐ近くに、美しい宝石でできたほら穴がありました。
そのほら穴には、三十頭のイノシシが仲良く住んでいました。

ところが、ほら穴の周りは恐ろしいライオンの散歩道で、いつもライオンがうろうろしていました。
ライオンのうろつく姿が宝石に映るので、イノシシたちは、その影を見るたびにブルブルと震え上がっていました。
イノシシたちは考えました。
「宝石が透き通っているためにライオンの姿がはっきり映るのだ。
ライオンの影を見ると、おれたちは怖くて怖くて仕方がない。それもこれも宝石のせいだ。
いっそのこと、この宝石をどろどろに汚してしまえば、ライオンの影は映らないだろう。」

みんなの意見が一致して、イノシシたちは連れ立って近くの湖のほとりまで出かけ、たくさんの泥土を運んできました。
そしてその泥土で宝石をグイグイとこすりました。
しかし、泥土はこすっているうちにすぐになくなってしまい、いつの間にかイノシシの毛むくじゃらの手でこすることが多くなり、
宝石は逆に前よりも透きとおってきれいに光り輝きました。
イノシシたちは、もうどうしていいのか分からなくなってしまいました。

「なにか、いい方法はないものだろうか」
みんなで頭をひねっていたところ、一頭のイノシシが思いついたように言いました。
「ほら、あの苦行者に聞いてみたらどうだろう」
イノシシたちは全員で、ほら穴の近くに住んでいる苦行者の所に出かけていきました。大勢のイノシシたちがやって来たので、苦行者は少し驚きながらも彼らを迎えました。

イノシシたちは言いました。
「教えていただきたいことがあるのです。」
苦行者は何も言わず、イノシシたちをながめ渡しました。
イノシシたちは丁寧にお辞儀をすると、次のようにうったえました。
「私達は向こうの宝石でできたほら穴に住んでいるのですが、その宝石のせいでライオンの姿に怯えて暮らす毎日です。
憎い宝石を泥土で消そうとしましたが、こすればこするほど光が増すばかりです。
どうか教えてくれませんか、あの宝石の光を取り去る方法を。」

イノシシたちの必死の言葉を聞いた苦行者は、彼らを見すえて答えました。
「尊く光る宝石は、その存在が清らかもので、決して消すことは出来ません。
あなた方の言っていることは逆恨みというものです。
頭を冷やして落ち着く住処を探すほうが良いでしょう。」

この言葉を聞いたイノシシ達は、すごすごとほら穴に帰り、間もなく住処を別の場所に移したということです。

私達の住む環境は便利なものに囲まれているとはいえ、決して快適ではないことも多いものです。
猛暑や厳冬、花粉症の方にとってはホッとする春秋さえも、いやな季節でしょう。
お釈迦様は、この世の中のことを忍土(にんど)と呼ばれていました。ただ生きていくのでさえ大変な世の中という意味です。
私達はその環境を住みやすいものに変えていくのですが、それはあまりにも過剰な時もあります。
山を切り崩し、川を埋め立て・・・。
別な場所に住んだ方がいいと言われないようにしないといけませんね。
あらゆるものを尊重していけるようにしたいものです。

平成三十年四月 写経の会(第五十六回目) 法 話

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