猿 と 王 様 の お 話 し
― 正しい導き ―
昔々、バーラーナシーでブラフマダッタ王が国を治めていた頃、
菩薩は猿として生まれました。
強くて立派な猿に成長した菩薩は、八万匹の猿たちのリーダーになってヒマラヤに住んでいました。
そこには大きな川が流れ、マンゴーの木があり、
ほっぺたがとろけるほどおいしい甘いマンゴーの実が、あふれんばかりに実るのでした。
賢い猿のリーダーは、他の猿たちとマンゴーを食べながら、
「もしも川の中に実が落ちて流され、それを人間が見つけたならば、たいへんなことが起きるだろう」と考え、
川の中に実が落ちないよう注意し、皆にもよく注意させ、
川にせり出した枝の実を小さいうちにつみ取るように気をつけていました。
ある日ちょっとした風で、熟れたマンゴーの実が一つ、川に落ちて流されてしまいました。
その時ちょうど川の下流では、王様が川遊びをして魚を捕らせていました。
マンゴーは魚の網にかかり、漁師がそれを王に差し上げたところ、王様はその最高の味にとりつかれ
「この実がなっている木を探せ」と大臣に命じました。
家来たちは方々を探し、猿達が大切にしている木の場所をつきとめました。
王様は早速大勢の家来を引き連れて川をいかだでさかのぼり、
とうとうマンゴーの木の場所までたどり着いてしまいました。
王様は熟れたマンゴーの実を拾い、思う存分食べました。
満足した王様は、その夜はそこに泊まることにして木のそばに立派な寝床をつくらせて寝てしまいました。
王様達がぐっすりと寝ているところ猿達はマンゴーの木にもどり、皆で果実を食べました。
その時王様が目を覚ましてしまいました。
王様は、猿たちがおいしい果物を食べているのを見て腹を立て、猿肉も食べてやろうと思いつき、
「この猿どもを取り囲め。明日の朝猿鍋にするのだ」と家来たちに命じました。
弓矢を持った人間にねらわれていることに気づいた猿たちは震えあがり、
「リーダー、たいへんです!我々は恐ろしい人間たちに取り囲まれています」とひどく怯えながら訴えました。
リーダー猿はまず、
「みんな、恐れなくてもいい。私がおまえたちを助けよう」と力強く言って、皆を落ち着かせました。
そして普通の猿が飛び越えるのはとても無理な川の向こう岸に飛び移りました。
ボス猿は丈夫なつるを探し、
「私が飛んだ河の幅はこの長さ、木に結ぶためにはこれだけ必要」とちょうどの長さに切りました。
リーダー猿は、丈夫な木と自分の足につるの端をそれぞれしっかりと結びつけ、思い切り飛び上がりました。
ところが、足に結んだ分の長さが足りず、木にたどり着くことができません。
それでも、菩薩であるリーダー猿は慌てません。両手でマンゴーの枝をしっかりとつかみました。
そしてそのままの姿勢で、
「さあみんな、早く、私の背中を橋にして、私を踏んで、蔓の上を渡って向こう岸へと逃げなさい」と言ったのです。
猿たちは、
「本当に申し訳ない、申し訳ない」と許しを請いながら、言われたとおりに次々と向こう岸に渡りました。
猿の群の副リーダーがこれを見て、密かに喜びました。
(これは俺にとって邪魔者のリーダーを追い払う良いチャンスだ)と思ったのです。
その猿はわざと最後まで残って高い枝に登り、そこからボス猿の背中に思いっきり飛び降りました。
勢いをつけてひどく蹴りつけたのです。
耐えられないほどの苦痛がリーダー猿を襲いました。
リーダー猿を蹴りつけた猿は、何も言わず、振り返りもせずにそのままそこを立ち去りました。
王様は、その一部始終をしっかりと見ていました。
「あのリーダー猿は、動物ではありながら、自分の命も顧みずに仲間たちを助けたのだ」と感動し、
「この猿の王を死なせてはならない。ちゃんと手当をするように」と家来たちに命じました。
リーダー猿はゆっくりと木の枝から下ろされ、川でていねいに沐浴させられ、高価な薬油を塗られ、
王様の敷物の上に横たえられました。
王様はリーダー猿の下座に座り、問いかけました。
「みずからを踏ませてまでも皆を救う。あなたは彼らの何なのですか。彼らはあなたの何なのですか。」と
これを聞いたリーダーの猿は答えました。
「私は彼らを治めるリーダーです。恐れ怯えて泣き崩れる彼らを決して見放すものか。
つるの枷は私を痛めつけず、死も私を苦しめない。
彼らに平和をもたらして、リーダーの務めを果たしたのです。
王様においても、主たるものは、国、国民、兵隊、村、すべてのものに、幸せを与えるべきです。」
このように王様を諭し終えた後、ボス猿は亡くなりました。
王様は深く感銘を受け、猿のリーダーを一国の王様の葬儀と同じように盛大に執り行いました。
その後王様はその戒めの教えに基づいて徳行を行い、国を公正に治め、
その徳により、死後、天界に生まれました。
リーダーはとても責任の重い立場です。
その下につく者の幸せは、リーダーのさじ加減によるものです。
そして、リーダーはどこにでもいるものです。
家庭の中、会社の中、国の中。
私たちがいつリーダーになるかはわかりませんが、
もしなったのならば何事にも怖れず、そして卑屈にならず、
たくさんの人達を幸せにさせる存在になりたいものです。
平成二十九年六月 写経の会(第四十六回目) 法 話