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猿の王とワニのお話し 第43回写経の会の法話

猿 の 王 と ワ ニ の お 話 し

― 愚か故の過ち ―

その昔バーラーナシーでマハーパターパという王が国を統治していたとき、
菩薩はヒマラヤ地のふもと、ガンジス川の曲がりくねったところの
人里離れた森に猿の王として生まれました。
立派な体格で、智慧も兼ね備えている見るからに立派な猿でした。

そのガンジス川にワニの夫婦が住んでいました。
ある日、ワニの妻が猿の王を偶然見かけ、家に帰り夫のワニに言いました。
「夫よ、私はあの猿の王の心臓の肉を食べたいのです。」
「愛しい妻よ、私たちは水中に住んでいて猿の王は陸に住んでいるのだから、 いったいどうして彼を捕らえることが出来ようか。」
「なんとかして私のために捕らえてくださいませんか?もし心臓の肉を食べることが出来なければ私は死んでしまいそうですわ。」
ワニの夫は少し考え、
「恐れることはない。お前に彼の心臓の肉を食べさせる一つの方法がある。」
と妻を安心させて、猿がいつも水を飲みに来る所へ向かいました。

調度、猿がガンジス川の岸で川の水を飲んでいました。
ワニは近寄ってこう言いました。
「猿の王よ、この地の果物は美味しくないのに、どうしてあなたはもっと美味しい果物を求めないのですか。何故、古くからのなじみだと言ってこの土地に住んでいるのですか。ガンジス川の対岸にはマンゴーをはじめとした、蜜のように甘い果物が限りないくらいあります。あなたはそれらを食べる為にあちらへ行って住まわれないのでしょうか。」
猿の王は答えました。
「ワニよ、ガンジス川は水に満ちて広い。泳いで渡ることが出来ない私がどうして対岸に行くことが出来ようか」
ワニは言いました。
「もしお望みなら、私はあなたを私の背中にお乗せしてお連れ致しましょう。」と。
猿の王はワニを信用し「それは素晴らしい。」と同意すると、ワニの背に乗りました。
ところが川の中ほどまで来ると、ワニは今だとばかりに急に川の中にもぐりはじめました。
泳げない猿の王を溺れさせようとしたのです。

びっくりした猿の王は言いました。
「友よ、私を川に沈めようとするとはどうしたことだ。」
ここでワニが本性を表しました。
「私はあなたを正義や善において乗せていくのではない。私は妻にあなたの心臓を食べさせたいだけなのだ。」
猿の王は落ち着いて言いました。
「あなたはよく正直に語ってくれた。しかし残念なことに、今心臓はここには無いのだ。木々を飛び移って生活する私たち猿が身体の中に心臓をおいたままならば、枝の先端にひっかけて傷ついてしまうであろう。」
「それならあなたがたは心臓をどこに置くのでしょうか。」
「ワニよ、来た方の岸にある、あのイチジクの木を見て見よ。私たち猿は、あのイチジクの木に心臓を吊り下げてあるのだ。そこに私を連れて行くがよい、私はあなたに心臓を差しあげよう。」

それを聞いてワニは猿の王を背中に乗せなおすと岸に向かって泳ぎ始めました。
岸にたどり着いた猿の王はワニの背から飛び上がられて、イチジクの木に悠々と座し、
「友よ、愚かなるワニよ。生き物の心臓が木の先端に吊り下がっていると信じたあなたは愚かだ。あなたの身体は大きいが智慧はない。私の求めるのはこのイチジクだけだ。」と言われました。
ワニは千金を損したように、苦しみ落胆し消沈して自分の家へと帰っていきました。

愚かなワニは、どこまでも愚かなようですね。
きっと家に帰って奥さんワニにどやされたに違いありません。
私たちも何かを得ようとする時に、何かを犠牲にしたりしようとすることがありますね。
そういう時は決まってその願いが成就しない事も多いものです。
でもそれでいいのです。
ワニの夫にも「猿の王を殺さないで良かった」と思う日が来るでしょうから。

平成二十九年三月 写経の会(第四十三回目) 法 話
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