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雪山童子のお話し 第38回写経の会の法話

雪 山 童 子 の お 話 し

― 大切なものを求める心 ―

その昔、ヒマラヤの雪山にひとりの苦行僧がいました。
彼は雪山童子(せっせんどうじ)と呼ばれている求道者で、衆生利益のために、自分を犠牲にして顧みず、種々の苦行を修めていました。
天から常にその様子をみていた帝釈天(たいしゃくてん)は、そんな雪山童子の法を求める姿に疑問を持っていました。
悟りを開こうとする者は多いが、ほとんどの求道者は、わずかな困難に出会うと、たちどころに退転してしまう。
戦においても多くの者は、鎧や刀剣で身を固め、物々しいいでたちで、賊の討伐に向かうけれど、いよいよ敵陣に望むと恐怖に駆られて退却する。
同様に、悟りを開こうと固い決意をした人も、生死の魔軍に出会えば、求道の心を失う。雪山童子の苦行の姿は本物なのだろうかと。
そう思った帝釈天は、みるも恐ろしい羅刹(らせつ)に姿を変えると、天上から雪山へ下りてきました。
雪山童子の所までやってきて、過去世の仏が説いた詩の半分を、声高らかに唱えました。

諸行無常(しょぎょうはむじょうなり)
是生滅法(これしょうめつのほうなり)

羅刹は、詩の半分を唱え終わると、四方を見回しました。
これを聞いた雪山童子は、大いに喜びました。
それは、まるで、深山に友とはぐれた旅人が、恐怖とともに闇夜を彷徨ったあげくに、再び友と出会えたような思いでした。
また長く病床にある人が、名医に出会えたようでもあり、海に溺れた人が船を見つけたようでもありました。
誰が唱えたのだろうと雪山童子は、辺りを見渡したが、恐ろしい羅刹以外は、誰もいませんでした。
よもやとは思いましたが、雪山童子は羅刹に訊ねました。

「羅刹よ、先ほどの詩はあなたが唱えたものですか。そうであれば、あなたはどこで、この詩を聞いたのでしょう。
その詩は、過去現在未来の三世に亘る仏の教え、真実の道です。世間の人間さえ、ほとんど知ることのない教えです。どこで、その詩を聞いたのですか。」
「出家者よ、そんなことを聞いても無駄だ。私は、もう、幾日も食べ物が手に入らないので、飢えと乾きで心が乱れて、説く事は出来ぬのだ。」
「羅刹よ、あなたは何を食べるのですか。」
「私の食べ物は、人肉だ。飲み物は、人の生き血だ。」
「羅刹よ、ならば残りの詩を聞くことができたら、私はこの肉体をあなたに差し上げましょう。たとえ天寿を全うしても、どうせ、私の死体は、獣か鳥に食われるだけです。それならば、悟りの道を求めるために、喜んでこの身を捨てます。」
「では何か。わずかな詩のために、肉体を捨てようと言うのか。しかし、そうはいっても、誰も信じないだろう。」
「あなたは無智ですね。瓦の器を捨てて、七宝を得ることができるなら、誰でも喜んで瓦を捨てるでしょう。」
「お前が本当にその身を捨てるというなら、残りの詩を説いてやろう。」

雪山童子は、羅刹の言葉を聞いて、身につけていた衣を脱いで、羅刹のために法座を設け、
「大士よ、どうかここにお座り下さい。」というと、合掌してひざまづいて、一心に残りの詩を求めた。
羅刹は、厳かに残りの詩を説きました。

生滅滅已(しょうめつめっしおわりて)
寂滅為楽(じゃくめつをらくとなす)

「出家者よ、お前は、すでに、詩のすべてを聞いた。願いは叶えられたのだから、約束通り、私にその肉体を施してくれ。」
雪山童子は、覚悟の上のことだから、肉体を捨てることに何のためらいもありませんでしたが、このまま死んでしまっては誰にも伝える事が出来ません。
そこで羅刹に少し待ってもらい、辺りの石や樹木、手当たり次第に詩を書き留めました。
そして衣を整えると高い木に登り、木の下で待ち受ける羅刹の口に入るようにと身を投げました。
雪山童子の身体が羅刹の口に入る瞬間、羅刹は帝釈天の姿に戻り、空中で雪山童子の身体を受け止めました。
そして童子にこう言いました。
「あなた様は無量の衆生を助ける事以外には何も求めようとはしない。あなた様こそ真の菩薩です。どうか悟りを得られた暁には、全ての人々をお救い下さいますようお願い致します。」と。

この世には大切なものがたくさんあります。
でも、それは本当に大切なものでしょうか。
雪山童子がその身を投げ出してまで求めたもの。
そのようなものが皆さんの周りにもたくさん隠れていると思います。
心の目を凝らして見つけてみましょうね。

千葉市 日蓮宗 写経 写仏 法話

平成二十八年十月 写経の会(第三十八回目) 法 話